- 2007年09月 の記事一覧
- 2008年10月08日(水) 独言 No.99999999 スポンサーサイト
- 2007年09月30日(日) 独言 No.8 愛妻の不思議な生命力と運命
- 2007年09月23日(日) 独言 No.7 漢方薬を通しての私の使命 強靭な生命力と運命
- 2007年09月22日(土) 独言 No.6 漢方薬 『 馬錢子 ( ホミカ ) 』 について
- 2007年09月21日(金) 独言 No.5 漢方薬の祖・張仲景師 私が尊敬する大天才!
- 2007年09月20日(木) 独言 No.4 漢方薬/動物薬 ( ガマの油、蟾酥など )
- 2007年09月19日(水) 独言 No.3 『 漢方薬 』 結果良ければすべて良し
- 2007年09月17日(月) 独言 No.2 ウィルス性肝炎に対するこだわり
- 2007年09月15日(土) 独言 No.1 漢方薬のホミカ薬品店・店主からのご挨拶
2007年09月30日(日) 独言 No.8
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動物も植物もそれぞれ生命ある生き物で、生命ある限りいつかは死を迎えます。5000年も生きている屋久杉でさえ、いずれは枯れ落ちて生命尽きるでしょう・・・。
残念ながら、どんな生物にも永遠の生命というものはありません。それでも生命ある限り健康に生きていきたいと願うのは、皆同じだと思います。
ただ、生命が尽きる時期は、当然人それぞれ異なります。
こんなに簡単に人は死ぬのか?と思われる場合もありますし、いつ死んでもおかしく無い状況を見事に克服し、健康体を取り戻す場合もあり、人それぞれが持つ生命力に差異があることは、間違いないでしょう・・・。
私の妻は鹿児島県の徳之島で産まれ、屋久島の農家で育ちました。産まれたときは手の平の上に乗るような超未熟児で、産婆さんにも 『 この子は育たない・・・ 』 と言われたそうです。その言葉通り、妻は幼いときから大病を重ねました。
しかし、妻の父親が屋久島空港の空港長と親しいこともあって、名医と呼ばれる医師を紹介してもらったり、当時の庶民では到底入手出来ないような高価で貴重なペニシリンといった抗生物質などのお薬を運良く分けてもらえたことで、妻は奇跡的に病状が回復し、健康を維持することが出来ました。
五十数年前の、食料品や衣服といった生活必需品ですら入手もままならない時期のことです。特にペニシリンは、当時は都会ですら入手困難な大変高価で貴重なものでした。ペニシリン注射液1本が、闇では数万円、米俵数俵と同等というような時代でした。離島である屋久島の貧しい農家では、そんな法外なお金を用意出来ないのが当たり前であったのに、妻の父親の人徳と交友関係、様々な運命的な導きのお陰で、妻は奇跡的に生命を救われたのです。
私は漢方薬のホミカ薬品店を独立開業する際に、もともと同じ製薬会社に勤めていた妻に 『 薬で生命を救われたのだから、ぜひ一緒に薬 ( 特に漢方薬 ) に一緒に奉仕して欲しい! 』 と、お願いしました。その言葉に、妻は快く応じてくれました。
父親のお陰とは言え、妻が幼い当時、普通なら当然のごとく入手出来ないはずの高価で貴重なペニシリンという薬を入手でき、そしてそれによって生命を救われた・・・。ただ単に運が良かっただけでは無く、このこと自体も妻自身が持って産まれた強靭な生命力の表れと言えるのでは無いでしょうか・・・?
産まれついての虚弱体質であった妻は、私と結婚したとき、身長160cmで体重34kgという病的な細さでした。医師が子供を産むことを反対しても仕方が無い状況 ( 出産すれば母子共に生命の危険にさらされる状況 ) でしたが、それでも妻は、本当に生命懸けで2人の娘を産みました。
妻の奇跡的とも言える不思議で強靭な生命力、これはもちろん2人の娘たちにも確実に遺伝していることでしょう。私は、妻と出会えて、本当に良かったと思っています・・・。

余談ですが、妻の母親は屋久島において農作業のかたわらで産婆をし、当時、何百人もの赤子をその手で取り上げたそうです。妻の父親はその人徳からか、200人以上の子供の名付け親です。
これらのことからも、妻の家系が、生命の神秘や強く不思議な生命力、運命に縁の深い血筋であるのではないだろうか・・・?と私は強く思うのです。
漢方薬のホミカ薬品店は、漢方薬・東洋医学の専門薬品店(大阪府守口市)。B型肝炎やC型肝炎、肝臓病、皮膚病、各種症状に応じたホミカ薬品店特製の漢方薬を扱います。
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2007年09月23日(日) 独言 No.7
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私は5歳という幼さで天涯孤独の身になりましたが、今では自分の強靭な生命力に私自身も驚いている部分があります。思い出すのが正直辛いこともあるのですが、今回は私自身のことについて書いてみたいと思います・・・。
私の母は戦後すぐに結核で倒れました。姉、私、妹の3人はその母親の母乳で育った為に、3人とも母乳から結核に感染しました。
もともと体力が無くて弱かった姉と妹は、その結核が原因で産まれてから早くに亡くなってしまいましたが、3人のうち私だけは、不思議と強靭な生命力に守られていたのか、今も元気に生きています。
おかしな自慢話?ではないですが、幼い頃より集団検診などでは、もちろん毎回 『 再検査が必要 』 との診断が出ていました。
私の父は、戦時中に兵役で広島へ行き、爆撃を避けるために防空壕へ飛び込んだ直後、原爆に遭いました。父のすぐ後に同じ防空壕に飛び込んだ父の戦友は、悲運なことにあと一歩間に合わずに即死したそうです。私の父も一命は取りとめたものの、原爆の激しい爆風で背中に爪で引っかいたような傷痕が残りました・・・。
つまり、戦後に産まれた私は、原爆2世なのです。
終戦後、父は原爆症を隠しながら必死で働いていました。しかし、原爆の後遺症と激しい仕事、当時決して丈夫とは言えなかった私を含む3人の子供の子育て、そして結核の妻 ( 私の母 ) の看病に疲れ果て、昭和25年3月、私が3歳のときに他界しました。
それから一年半後、辛い闘病生活に耐えていた母も、父の後を追うように他界しました。
昭和27年、
私は5歳という幼さで天涯孤独の身となったのです・・・。 ( 姉も妹も当時すでに他界 )
今でこそ漢方薬のホミカ薬品店の店主として毎日を過ごしていますが、若き日の私の人生にはいろいろな苦労や困難があり、そして何よりも危険な目に遭うことが多々ありました。例えば、自動車にまつわる大きな事故には今までに3度も遭いました。
1度目は数十年前、漢方薬のホミカ薬品店とは別の事業を起こしていたときのことです。
北海道の釧路からの帰り道、カーブで砂利にタイヤをとられて対抗車のトラックを交わすことが出来ず、約10mの崖下に転落しました。車は全壊し、原型をとどめてはいませんでしたが、同乗者も私も奇跡的に無事でした・・・。
2度目の事故は、漢方薬のホミカ薬品店を開店した結婚直後でした。
大阪の城北公園付近を車で走っていたとき、私の車の前を走っていた大型コンテナ車のコンテナを繋いでいたフックが突然外れ、大きなコンテナが私の車のすぐ目の前に落ちて来たのです!
その落下音は物凄く激しい大きな爆発のような音で、コンテナが道路に落ちたときの衝撃で車は十数cmは跳ね上がりました。驚いて急いで車を降りて状況を確認してみたところ、私の車のバンパーと落下してきた大きく何トンもある重いコンテナとの間は、1mほどしか空いていませんでした・・・。
『 あともう少しで煎餅だった! 』 と、背筋が凍り、体が震えたのを今でも鮮明に憶えています。
3度目の事故は、数年前、中国自動車道の岡山県美作 ( ミマサカ ) 市の約1kmほど手前を車で走っていたときのことでした。
キャリアカー ( 数台の車を運ぶ大きなトラック ) が私の車の目の前で突然横転し、その拍子でキャリアカーに積まれていた数台の車が、前方から私の車の方をめがけて迫って来て、私の車の真上や真横を跳んで行ったのです。事故直後は物凄い爆音が周囲に鳴り響き、目の前ではトラックが横転して道路を完全にふさぎ、私の車の後方では粉々に壊れたり原型をまったくとどめていない数台の乗用車が転々と転がっていました・・・。
3度の事故のいずれの場合も同乗者がいましたが、3度とも事故が起こった瞬間になぜかすべてのものが不思議とスローモーションのようにゆっくり見えて、冷静な判断と行動が出来たため、同乗者も私も全員が奇跡的に助かりました。ただ、いずれの事故も非常に激しく酷いもので、私だけでなく同乗者たちが死んでいてもおかしくないものでした。
『 私は不死身なのか!?いや、普通の人間である私がそんな人知を超えた存在であるはずは無い・・・。それとも誰よりも強い強運の持ち主なのか!?私が今も元気に生かされているのはなぜなのだろうか・・・? 』 など、正直そんな少し突拍子も無いことを何度か考えました。
そして、考えに考えた末、少し独りよがりなことなのかも知れませんが、
『 私には、今の世で何か人様の役に立つ仕事 ( 使命のようなもの ) が残されているのではないだろうか!? 』 との結論に至りました。
自分だけでなく、周りの人たちまでをも救うほどの生命力と運・・・。これを生涯保って人を救うことが叶うならば、これこそ私の本望であり、私の存在意義であるだろうとも言えます。
2度目の自動車事故以来、私はなお一層、 『 漢方薬を用いて、病に苦しみ悩む人を救う仕事がしたい! 』 と強く思うようになりました。ただ、それだけです。
そして、強靭な生命力と運に守られた私ならば、きっとそれが出来るはずだ!と自負しています・・・。
余談ですが、私は原爆症の権威と言われる医師と大阪の名医に、原爆症は六世まで遺伝の怖れがあると言われ、何度も入院を勧められました。私は血液1cc中の白血球数が24000以上あり ( 30000以上で白血病 ) 、早ければ2〜3日、遅くとも2〜3ヵ月で死ぬと言われ続けてきました。
白血病は現在ならば、骨髄移植によって治る場合もありますが、今でもこの白血病という難病で亡くなる方は少なくありません・・・。
しかし私は、医師にもかからずとにかく元気で、人並みに結婚して2人の娘をもうけ、日夜漢方薬の研究と、世に漢方薬を広めるための努力をしています。強靭な生命力と運と自然治癒力、天が私に与えてくださったと思われる強い力が、私を守ってくれているように感じます・・・。
自分自身、少し不思議な感じもしてはいますが、今後も今まで以上に全力で漢方薬に生涯を捧げて行きたいと強く思っています・・・。
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2007年09月22日(土) 独言 No.6
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馬銭子 ( ホミカ ) は数多くある漢方薬の生薬の名前の1つですが、世間ではあまり知られていません・・・。馬銭子 ( ホミカ ) は、キニーネという中南米に多く、また中国でもわずかに生息する灌木 ( カンボク ) の種子で、見た目は 『 おはじき 』 のように平べったく、大きさや厚みも同じぐらいの可愛い種子です。
ロート製薬は、生薬の 『 ロート根 』 から社名を付けました。 『 ロート根 』 は劇薬ですが、解熱鎮痛剤として 『 サクロン 』 の他、多くの胃腸薬などに使われています。 『 ロート根 』 は胃痛に良く効きますが、口渇きが激しくなってしまう場合もあります。
馬銭子 ( ホミカ ) も 『 ロート根 』 と同じように劇薬ですが、解熱鎮痛剤としての効果が高く、漢字名を持ち、胃腸薬としても使われています。当店でも、以前から馬銭子 ( ホミカ ) を主剤にした胃腸薬を販売していますが、購入者の方々からの評判も大変良い 『 人気商品 』 です。
馬銭子 ( ホミカ ) には解熱鎮痛剤・胃腸薬以外の効果も多くありますが、欧米などでは除草剤として農薬に使用したり ( 有効成分は硝酸ストリキニーネ ) 、日本においては、不本意ながら愛犬家殺人事件に使用されたことなどで世間に知られています・・・。
薬はどんなに良いものであっても、使い方を一歩間違えれば毒にもなります。使い方によって、良い面・悪い面の両方を持ち併せています。馬銭子 ( ホミカ ) は、さじ加減で大変良く効く薬となりますが、残念なことに劇薬・農薬ということで、 ( 私的には ) 世間では、ある意味必要以上に差別されたり、怖れられたりしている気がします・・・。
私は馬銭子 ( ホミカ ) の素晴らしさを1人でも多くの方に、正しく理解して知っていただきたいと思っています。劇薬と言えども、きちんと正しく少量を使えば、とても効果のある素晴らしい薬になるのです。ちなみに、新薬 ( 西洋医薬 ) の痛み止め ( 解熱鎮痛剤 ) などは、そのほとんどが劇薬を使用していますが、使用量が少量ゆえに劇薬から除外されているのです。
痛み止めなどを、なかなか効かないからといって大量に一度に服用する人もおられますが、これは大変危険なことです。そんな方に注意を促すと 『 大丈夫、大丈夫、今まで何とも無かったから・・・。 』 と口をそろえて言われることが多々あるのですが、専門家の指示に従わず自己流で薬を飲むことは、とても危険な行為です。
薬を恐がり過ぎるのもどうかと思いますが、薬を無茶苦茶に多用・乱用するのはもっと危険なことですので、どうかみなさんも注意してください。
やはり、 『 応病与薬 ( 病気に応じて薬をきちんと飲む ) 』 が大原則だと私は思います。
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2007年09月21日(金) 独言 No.5
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今から約1800年ほど昔の中国に、張仲景という立派な天才医師がおられました。張仲景師は皆さんにも馴染み深い 『 葛根湯 』 という漢方薬の処方を始め、数多くの漢方薬の処方を 『 傷寒論(ショウカンロン) 』 や 『 金匱要略(キンキヨウリャク) 』 という書物の中に残されました。
私の個人的見解を言わせてもらえれば、張仲景師は、アインシュタインやエジソンなど世界の偉人と呼ばれる方々よりも立派で素晴らしい大偉人です。
張仲景師がいなければ、現在の医薬 ( 漢方薬も当然含む ) は、まったく違ったものになっていたことでしょう・・・。北浜にあった緒方洪庵氏の適塾も存在していたかどうか!?、そしてその門下生であった手塚何某 ( 天才漫画家・手塚治氏の先祖 ) がいたかどうか!?、現在の手塚病院や手塚医院 ( 手塚治氏のご実家 ) 、それに鉄腕アトムやブラックジャックが誕生していたか!?
1人の大天才の誕生は、世界を変える出来事となるのです!
凡人の私ですら張仲景師に多大なる影響を受けたのですから、過去・現在問わず日本や世界で大勢誕生している立派な医師達の誰しもが、直接・間接を問わず、張仲景師の影響を受けているのでしょうか・・・?
漢方薬の産み親である張仲景師を偲びつつ、張仲景師が作られた数々の優れた漢方薬の効果の素晴らしさを、みなさんにもぜひ味わって頂きたい心境の今日この頃です・・・。
漢方薬のホミカ薬品店は、漢方薬・東洋医学の専門薬品店(大阪府守口市)。B型肝炎やC型肝炎、肝臓病、皮膚病、各種症状に応じたホミカ薬品店特製の漢方薬を扱います。
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2007年09月20日(木) 独言 No.4
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ガマの油と蟾酥 ( センソ ) は、漢方薬 (生薬 ) の中では数少ない毒薬の一つで、支那ひき蛙 ( 学名:Bufo bufo gargarizans Cantor ) の毒腺の分泌物 ( 皮膚腺、または耳腺から排出された乳白色の毒薬の分泌物を固めた物 ) です。これぞまさに毒も使いようで、毒薬も使い方によって素晴らしい良薬になるのです。
蟾酥 ( センソ ) は、シノブファギンやブフォタリンなどの強心成分を含んで強心利尿剤として使われ、民間薬としては六神丸に配合されています。
薬効としては鎮痛・排毒作用があり、悪性腫瘍 ( 皮膚癌など ) に効果があります。主に塗り薬として効果を発揮し、毒をもって毒を制するということです。
さて、ガマの油ですが、中国から蟾酥 ( センソ ) が日本に高価な生薬として輸入されて来たとき、日本の薬学者たちは、これと同じ物がどこかに無いかと日本中を探し回りました。
彼らは、もし同じ物が国内にあれば、高いお金を出さなくても良いと考え ( 動物薬は現在でも特に高価 ) 、筑波山麓にて四六のガマと呼ばれるガマ蛙を探し当てました。
彼らはこれから蟾酥 ( センソ ) が採れると信じていましたが、詳しい調査の結果、薬効としては単なる傷薬程度の効果しかないことがわかりました。現在と違って正しい情報を得にくい時代だった為、このようなことは数多くあったようです・・・。
余談になりますが、熊の胃と呼ばれる動物薬 ( 熊の肝臓 ) は、現在1gが小売値で1万〜1万5000円、高い場合は2万円はします。 ( 相場により価格変動 )今まで上記エピソードのような間違いは数多くあった訳ですが、海狗仁 ( カイクジン・・・オットセイのペニスや睾丸 ) 、牛黄 ( ゴオウ・・・牛の胆石 ) 、犀角 ( サイカク・・・黒犀の角で、はしかの特効薬 ) 、鹿茸 ( ロクジョウ・・・マンシュウジカのまだ角化していない幼角 ) など、高額の動物薬を数えたら、それこそキリが無いのです・・・。
ただ、動物薬は高価なだけに、用いたときの効果は目を見張るものがあり、病院で各種検査をすればそれこそ結果 ( 効果 ) は一目瞭然です。動物薬に関するご質問やご相談などがありましたら、お気軽にご連絡ください。
※動物の体の一部、分泌物や体液を動物薬と説明しました。動物用の薬とは異なります。
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2007年09月19日(水) 独言 No.3
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昔話ですが、戦後の総理大臣の中に吉田茂という、それこそ日本の歴史に名を残す偉大な政治家がおられました。その吉田茂元総理が、大磯の別荘で休暇を過ごしていたあるとき、急にしゃっくりが出て止まらない事態に至りました。みなさんにも経験があるかもしれませんが、しゃっくりがずっと止まらないというのは中々苦しく辛いもので、昔は 『 しゃっくりが24時間止まらないと死んでしまう! 』 という言い伝えがあったぐらいです・・・。
時の総理大臣の一大事ということで、当時の日本医師会の会長を始め、多数の有名な医師たちが緊急召集されました。後々、医師会会長となり、日本の政界を揺るがすこととなった武見先生も、当時は1人の医学生として現場に加わっておられました。吉田茂元総理の緊急事態ということで、それはもう層々たるメンバーが一同に集結したのです。
しかし、いくら当時の最新医療技術をもってしても、吉田茂元総理のしゃっくりは一向に止まりませんでした。難病では無い、ただのしゃっくり一つも治せないとはどういうことか!?と、緊急招集された医師団は考えられ、出来る限りの西洋医学的治療をすべて施しましたが、良い結果を出す ( しゃっくりを止める ) ことが出来ませんでした・・・。
彼らは考えに考えた末、当時漢方薬専門家として有名だった東京の薬剤師を早急に呼ぶことを決め、自衛隊のヘリコプターが早速その薬剤師のもとへ飛び、彼を吉田茂元総理が待つ大磯の別荘まで呼び寄せました。
漢方薬の専門家として有名だった薬剤師は魔法瓶を1つだけ手に持って別荘にやって来て、現場に着くなり、魔法瓶の中に入れていた煎じ薬を湯飲み茶碗に注ぎ、吉田茂元総理に飲むように促しました。
吉田茂元総理は彼に言われるままにそれを口に運んで一口に飲み干したところ、何と不思議なことか、数十秒と経たないうちに吉田茂元総理のしゃっくりが嘘のようにピタッと止まりました。有名な多くの医学博士達が見守る中での摩訶不思議な出来事でした。
医師達は、なぜしゃっくりが急に止まったのか矢継ぎばやに薬剤師に質問しました。その煎じ薬は何なのか?、どういう理由で、また、どんなメカニズムによってしゃっくりが止まったのか?など、皆が口を揃えて言いました。




