- 自分・家族 カテゴリーの一覧
- 2008年10月08日(水) 独言 No.99999999 スポンサーサイト
- 2007年10月20日(土) 独言 No.16 長寿!漢方屋さんの可愛いペットたち
- 2007年10月08日(月) 独言 No.12 初孫の運動会・・・運動の秋
- 2007年09月30日(日) 独言 No.8 愛妻の不思議な生命力と運命
- 2007年09月23日(日) 独言 No.7 漢方薬を通しての私の使命 強靭な生命力と運命
2007年10月20日(土) 独言 No.16
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我が家には、犬、猫、小鳥 ( セキセイインコ ) がおりますが、いずれも長寿で人間年齢に例えれば何歳になるのかなぁ・・・?という感じの完全な老人?です(笑)。私の所は、3階建て住居の1階を部分的に改装して漢方薬のホミカ薬品店の店舗を構えているため、
「 ペットの飼育はだめだ! 」 とずっと昔から娘たちには言っていたのですが、当時まだ幼かった次女がグズって私の話を全然聞いてくれませんでした・・・。
昔から 『 泣く子と地頭には勝てぬ 』 と言います。
結局、可愛い我が子の希望を私が丸呑みする形でペットを飼うことになったのですが、マルチーズの母親とポメラニアンの父親から生まれた愛犬は今年で15歳を迎え、セキセイインコは犬より2歳以上は年上だろうという感じです。
猫だけはちょっと事情が違って、近所の丸々太った愛らしい捨て猫が玄関先にいつの間にか居着いて、自然の成り行きで我が家の一員となっていました・・・(笑)。
犬の名は 『 ユーリ 』 といいます。
当時大学でドイツ語を専攻していた長女が、犬が7月生まれなのにちなんでドイツ語の7月を表す単語 『 ユーリ 』 と名付けてくれました。ユーリは男の子だからなのか、飼い始めた当初から今現在に至っても妻のことが大好きで大好きでたまらない様子・・・。私と一緒です(笑)。
つい先日、最近出入りの牛乳屋さんが突然、 「 景品を出しますので牛乳を題材に何か川柳を書いて下さい! 」 と言ってきました。突然のことでしたが、とりあえず一句詠んでみました。
【 散歩後に もらえるミルクの うまさかな 】 迷犬・ユーリ
景品は・・・、
参加賞のゼリー1個でした・・・。残念!
■ 『 泣く子と地頭には勝てぬ 』
故事・ことわざのひとつ。
道理の分からない子供や権力者とは争っても無駄であるということ。 「 地頭 」 とは、平安・鎌倉時代に荘園を管理し、税金を取り立てていた役人のことで、権力をかさに着て無理無体の横暴を働いたと言われています。
漢方薬のホミカ薬品店は、漢方薬・東洋医学の専門薬品店(大阪府守口市)。B型肝炎やC型肝炎、肝臓病、皮膚病、各種症状に応じたホミカ薬品店特製の漢方薬を扱います。
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2007年10月08日(月) 独言 No.12
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泉佐野市日根野に住む保育園に通っている初孫の初めての運動会ということで、朝早くから泉佐野市にある日根野小学校まで行ってきました。泉佐野で行なわれる初孫の運動会に向かう前、早朝六時頃に我が家の愛犬ユーリの散歩をしながら近所を歩いていたら、我が家のすぐ近くにある金田幼稚園の保母さん達が、大勢で会場となる金田小学校に運動会をするための荷物をたくさん運んでいました。
早朝から運動会準備、みなさんご苦労様です。
娘2人が通っていた幼稚園の運動会の日に初孫の運動会。何だか和やかな縁を感じ、2人の娘の幼き頃のことをいくつか思い出しました・・・。やはり、子供は可愛いものですね。
初孫が住む泉佐野市日根野は、大阪・守口市からは高速道路で約一時間。
場所的には関西空港のすぐ近くで、自然もまだたくさんあります。しかし、私の育った幼少時代とはさすがに利便性やいろいろな点で、街や世の中はずいぶん良くなっています。
孫たちは幸せだなぁ・・・としみじみ感じました。
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2007年09月30日(日) 独言 No.8
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動物も植物もそれぞれ生命ある生き物で、生命ある限りいつかは死を迎えます。5000年も生きている屋久杉でさえ、いずれは枯れ落ちて生命尽きるでしょう・・・。
残念ながら、どんな生物にも永遠の生命というものはありません。それでも生命ある限り健康に生きていきたいと願うのは、皆同じだと思います。
ただ、生命が尽きる時期は、当然人それぞれ異なります。
こんなに簡単に人は死ぬのか?と思われる場合もありますし、いつ死んでもおかしく無い状況を見事に克服し、健康体を取り戻す場合もあり、人それぞれが持つ生命力に差異があることは、間違いないでしょう・・・。
私の妻は鹿児島県の徳之島で産まれ、屋久島の農家で育ちました。産まれたときは手の平の上に乗るような超未熟児で、産婆さんにも 『 この子は育たない・・・ 』 と言われたそうです。その言葉通り、妻は幼いときから大病を重ねました。
しかし、妻の父親が屋久島空港の空港長と親しいこともあって、名医と呼ばれる医師を紹介してもらったり、当時の庶民では到底入手出来ないような高価で貴重なペニシリンといった抗生物質などのお薬を運良く分けてもらえたことで、妻は奇跡的に病状が回復し、健康を維持することが出来ました。
五十数年前の、食料品や衣服といった生活必需品ですら入手もままならない時期のことです。特にペニシリンは、当時は都会ですら入手困難な大変高価で貴重なものでした。ペニシリン注射液1本が、闇では数万円、米俵数俵と同等というような時代でした。離島である屋久島の貧しい農家では、そんな法外なお金を用意出来ないのが当たり前であったのに、妻の父親の人徳と交友関係、様々な運命的な導きのお陰で、妻は奇跡的に生命を救われたのです。
私は漢方薬のホミカ薬品店を独立開業する際に、もともと同じ製薬会社に勤めていた妻に 『 薬で生命を救われたのだから、ぜひ一緒に薬 ( 特に漢方薬 ) に一緒に奉仕して欲しい! 』 と、お願いしました。その言葉に、妻は快く応じてくれました。
父親のお陰とは言え、妻が幼い当時、普通なら当然のごとく入手出来ないはずの高価で貴重なペニシリンという薬を入手でき、そしてそれによって生命を救われた・・・。ただ単に運が良かっただけでは無く、このこと自体も妻自身が持って産まれた強靭な生命力の表れと言えるのでは無いでしょうか・・・?
産まれついての虚弱体質であった妻は、私と結婚したとき、身長160cmで体重34kgという病的な細さでした。医師が子供を産むことを反対しても仕方が無い状況 ( 出産すれば母子共に生命の危険にさらされる状況 ) でしたが、それでも妻は、本当に生命懸けで2人の娘を産みました。
妻の奇跡的とも言える不思議で強靭な生命力、これはもちろん2人の娘たちにも確実に遺伝していることでしょう。私は、妻と出会えて、本当に良かったと思っています・・・。

余談ですが、妻の母親は屋久島において農作業のかたわらで産婆をし、当時、何百人もの赤子をその手で取り上げたそうです。妻の父親はその人徳からか、200人以上の子供の名付け親です。
これらのことからも、妻の家系が、生命の神秘や強く不思議な生命力、運命に縁の深い血筋であるのではないだろうか・・・?と私は強く思うのです。
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2007年09月23日(日) 独言 No.7
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私は5歳という幼さで天涯孤独の身になりましたが、今では自分の強靭な生命力に私自身も驚いている部分があります。思い出すのが正直辛いこともあるのですが、今回は私自身のことについて書いてみたいと思います・・・。
私の母は戦後すぐに結核で倒れました。姉、私、妹の3人はその母親の母乳で育った為に、3人とも母乳から結核に感染しました。
もともと体力が無くて弱かった姉と妹は、その結核が原因で産まれてから早くに亡くなってしまいましたが、3人のうち私だけは、不思議と強靭な生命力に守られていたのか、今も元気に生きています。
おかしな自慢話?ではないですが、幼い頃より集団検診などでは、もちろん毎回 『 再検査が必要 』 との診断が出ていました。
私の父は、戦時中に兵役で広島へ行き、爆撃を避けるために防空壕へ飛び込んだ直後、原爆に遭いました。父のすぐ後に同じ防空壕に飛び込んだ父の戦友は、悲運なことにあと一歩間に合わずに即死したそうです。私の父も一命は取りとめたものの、原爆の激しい爆風で背中に爪で引っかいたような傷痕が残りました・・・。
つまり、戦後に産まれた私は、原爆2世なのです。
終戦後、父は原爆症を隠しながら必死で働いていました。しかし、原爆の後遺症と激しい仕事、当時決して丈夫とは言えなかった私を含む3人の子供の子育て、そして結核の妻 ( 私の母 ) の看病に疲れ果て、昭和25年3月、私が3歳のときに他界しました。
それから一年半後、辛い闘病生活に耐えていた母も、父の後を追うように他界しました。
昭和27年、
私は5歳という幼さで天涯孤独の身となったのです・・・。 ( 姉も妹も当時すでに他界 )
今でこそ漢方薬のホミカ薬品店の店主として毎日を過ごしていますが、若き日の私の人生にはいろいろな苦労や困難があり、そして何よりも危険な目に遭うことが多々ありました。例えば、自動車にまつわる大きな事故には今までに3度も遭いました。
1度目は数十年前、漢方薬のホミカ薬品店とは別の事業を起こしていたときのことです。
北海道の釧路からの帰り道、カーブで砂利にタイヤをとられて対抗車のトラックを交わすことが出来ず、約10mの崖下に転落しました。車は全壊し、原型をとどめてはいませんでしたが、同乗者も私も奇跡的に無事でした・・・。
2度目の事故は、漢方薬のホミカ薬品店を開店した結婚直後でした。
大阪の城北公園付近を車で走っていたとき、私の車の前を走っていた大型コンテナ車のコンテナを繋いでいたフックが突然外れ、大きなコンテナが私の車のすぐ目の前に落ちて来たのです!
その落下音は物凄く激しい大きな爆発のような音で、コンテナが道路に落ちたときの衝撃で車は十数cmは跳ね上がりました。驚いて急いで車を降りて状況を確認してみたところ、私の車のバンパーと落下してきた大きく何トンもある重いコンテナとの間は、1mほどしか空いていませんでした・・・。
『 あともう少しで煎餅だった! 』 と、背筋が凍り、体が震えたのを今でも鮮明に憶えています。
3度目の事故は、数年前、中国自動車道の岡山県美作 ( ミマサカ ) 市の約1kmほど手前を車で走っていたときのことでした。
キャリアカー ( 数台の車を運ぶ大きなトラック ) が私の車の目の前で突然横転し、その拍子でキャリアカーに積まれていた数台の車が、前方から私の車の方をめがけて迫って来て、私の車の真上や真横を跳んで行ったのです。事故直後は物凄い爆音が周囲に鳴り響き、目の前ではトラックが横転して道路を完全にふさぎ、私の車の後方では粉々に壊れたり原型をまったくとどめていない数台の乗用車が転々と転がっていました・・・。
3度の事故のいずれの場合も同乗者がいましたが、3度とも事故が起こった瞬間になぜかすべてのものが不思議とスローモーションのようにゆっくり見えて、冷静な判断と行動が出来たため、同乗者も私も全員が奇跡的に助かりました。ただ、いずれの事故も非常に激しく酷いもので、私だけでなく同乗者たちが死んでいてもおかしくないものでした。
『 私は不死身なのか!?いや、普通の人間である私がそんな人知を超えた存在であるはずは無い・・・。それとも誰よりも強い強運の持ち主なのか!?私が今も元気に生かされているのはなぜなのだろうか・・・? 』 など、正直そんな少し突拍子も無いことを何度か考えました。
そして、考えに考えた末、少し独りよがりなことなのかも知れませんが、
『 私には、今の世で何か人様の役に立つ仕事 ( 使命のようなもの ) が残されているのではないだろうか!? 』 との結論に至りました。
自分だけでなく、周りの人たちまでをも救うほどの生命力と運・・・。これを生涯保って人を救うことが叶うならば、これこそ私の本望であり、私の存在意義であるだろうとも言えます。
2度目の自動車事故以来、私はなお一層、 『 漢方薬を用いて、病に苦しみ悩む人を救う仕事がしたい! 』 と強く思うようになりました。ただ、それだけです。
そして、強靭な生命力と運に守られた私ならば、きっとそれが出来るはずだ!と自負しています・・・。
余談ですが、私は原爆症の権威と言われる医師と大阪の名医に、原爆症は六世まで遺伝の怖れがあると言われ、何度も入院を勧められました。私は血液1cc中の白血球数が24000以上あり ( 30000以上で白血病 ) 、早ければ2〜3日、遅くとも2〜3ヵ月で死ぬと言われ続けてきました。
白血病は現在ならば、骨髄移植によって治る場合もありますが、今でもこの白血病という難病で亡くなる方は少なくありません・・・。
しかし私は、医師にもかからずとにかく元気で、人並みに結婚して2人の娘をもうけ、日夜漢方薬の研究と、世に漢方薬を広めるための努力をしています。強靭な生命力と運と自然治癒力、天が私に与えてくださったと思われる強い力が、私を守ってくれているように感じます・・・。
自分自身、少し不思議な感じもしてはいますが、今後も今まで以上に全力で漢方薬に生涯を捧げて行きたいと強く思っています・・・。
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